本書は、「本性」としてリスクを回避しようとする
「ふつうの人々」が(ふつうの人だからこそ)、流れに逆らう
不安や恐怖をはねのけて、「オリジナルな何か」を
実現させるためのさまざまなヒントを数多く含んでいる。
——楠木 建 (「監修者の言葉より」)
それではさっそく始めます。
第1章 変化を生み出す「創造的破壊」 より
ここで本書のテーマについて
ご説明しておこう。
随分と昔になるが、
心理学者の研究により、
業績の達成には
コンフォーミティ(同調性)と
オリジナルティ(独自性・独創性)という
2種類の方法があることがわかっている。
コンフォーミティとは、
多数派にならって従来の方法を踏襲し、
現状を維持することだ。
他方で、オリジナルティとは、
未開発の方法を取り、
流れに逆らう新しいアイデアを押し進めつつ、
最終的により良い状況を生み出すことだ。
もちろん、完全にオリジナルなものなど
存在しない。ある意味、どんなアイデアも、
私たちを取り巻く世界で学習したことが
何らかの影響を与えているものだ。
意図的か気づかぬうちにか、
常に誰かの考えを拝借してしまっている。
誰もがうっかり
「無意識のドロボウ」になりかねない—
ははからずも、
他者のアイデアをみずからが
考えついたものと
勘違いしてしまうのだ。
私のいう「オリジナルティ」とは、
ある特定の分野において、
その分野の改善に役立つアイデアを導入し、
発展させることを意味する。
オリジナルティそのものは、
創造性(クリエイティビティ)に端を発する。
まず何より、斬新で実用的なコンセプトを
考え出すことだ。だがそれでけでは終わらない。
オリジナルな人とは
「みずからのビジョンを率先して実現させていく人」
である。
あなたが「今、使っているネットブラウザ」
からわかること
つい先ごろ、経済学者のマイケルハウスマンは、
顧客サービス係の勤務が長く続く人と
そうでない人がいるのはなぜかを解明する
プロジェクトを指揮していた。
銀行や航空会社、携帯電話会社で、
顧客に電話対応する三万人以上の従業員の
データーを入手したハウスマンは、
彼らの雇用経歴を見れば、
仕事への取組み方がわかるのではないかと考えた。
今まで、職を転々としてきた人は
すぐにやめてしまうのでないかと思ったのだが、
実際はそうではなかった。
過去5年に5つの職についた従業員と、
同じ職を5年間続けている従業員と比較しても、
離職率に差はみられなかったのだ。
ハウスマンは、
他に何らかのヒントがないかと探すうち、
従業員が職に応募するときに
どのブラウザでログインしたか
という情報を入手していたことに気づいた。
ふと思いついて、ブラウザの選択が
離職に関係しているかどうかを分析してみた。
どのブラウザを使うかは好みの問題だろうから、
関連性を見出せるとは思ってみなかったのだが、
得られた結果に驚いた。
ファイアフォックスまたは
クロームを使っていた従業員は
インターネットエクスプローラー
またはサファリを使っていた従業員よりも
15パーセント長く勤務していたのだ。
これは偶然だろうと思い、
ハウスマンは同じ方法で欠勤率を
分析してみた。
するとここでも同様のパターンが見られた。
ファイヤフォックスまたは
クロームを使っていた従業員は、
インターネットエクスプローラーまたは
サファリを使っていた従業員よりも
19パーセント欠勤率
が低かったのだ。
次は職務の実績を見てみた。
研究チームは、売上、顧客満足度、
平均通話時間に関して300万件近いデーターを
収集していた。
分析してみると、ファイヤフォックスまたはクロームの
ユーザーは売り上げが高く、通話時間が短かった。
また顧客満足度も高かった。
そして職に就いてから90日のうちに、
インターネットエクスプローラーまたは
サファリのユーザーが120日かかった
顧客満足度に到達していた。
顧客サービス係が職に定着し、
欠勤が少なく業績も高かったのは、
ブラウザそのものが原因ではない。
ブラウザの好みからうかがい知れる、
彼らの習慣が要因なのだろう。
ファイヤフォックス
またはクロームのユーザーが、
仕事に対して熱心に取り組み、
どの評価基準で見ても優れていたのは
なぜなのだろうか?
明らかにいえることは、
ファイヤフォックスやクロームのユーザーは
よりテクノロジーに詳しいということだ。
そこで私はハウスマンに、
その点を掘り下げて調べはどうかと言った。
従業員はいずれもコンピューターの適性テストを受けており、
キーボードのショートカットの知識や
ソフトウェア・ハードウェアの知識を試されたほか、
入力速度の警視億も行われていた。
しかし、ファイヤフォックスとクロームのユーザーの
コンピューター知識が目立って高いということはなく、
入力の速度も制度も優れているわけではなかった。
こういったテストの結果を踏まえてみても
「ブラウザ効果」は残ったままだ。
つまり技術的な知識やスキルゆえに
有利であったわけではない。
実は重要なのは、
ブラウザを「どのように」
入手したかということだった。
パソコンの場合、ウィンドウズには
インターネットエクスプローラーが
あらかじめインストールされている。
マックならばサファリが
インストールされている。
顧客サービス係のおよそ三分の二が
あらかじめ組み込まれたブラウザを使っており、
もっとよいものがあるか、
どうかどうかという、
疑問を持たなかったのだ。
ファイヤフォックスまたは
クロームを入手するには少しばかり頭を使って
別のブラウザをダウンロードしなければならない。
「今あるもの」をそのまま使うのではなく、
みずから行動を起こして、
よりより選択肢がないか探し求めるわけだ。
そしてこの自発的な行動が、
どれほど小さいとしても、
職場での行動を決定づけるヒントになる。
インターネットエクスプローラ―や
サファリという「ありもの(標準仕様)」を、
そのまま使った顧客サービス係は、
仕事に対しても同じ方法をとっていた。
つまり、営業の電話では
マニュアルどおりに会話を進め、
苦情に対しても決まった手順で対応していた。
会社側から提示された業務内容を
固定したものととらえるため、
仕事に不満を感じると欠勤するようになり、
ついには離職する。
自発的にファイヤフォックスまたはクロームに
ブラウザを変更した従業員は、
仕事に対するアプローチが異なっていた。
商品を売ったり顧客の疑問点に対応したりする
新しい方法を常に探し、気に入らない状況があれば
それを修正していた。
自発的に環境を改善していくのだから、
離職する理由などないに等しい。
自分の好みの職を作り出せるのだから。
けれども、こういう人たちは例外である。
私たちは、
インターネットエクスプローラーの世界に暮らしている。
顧客サービス係のほぼ三分の二が
標準仕様のブラウザを使っていたのと同様に、
われわれの多くは自分の人生の中で
「ありもの」を受け入れている。
政治心理学者のジョンジョスト率いるチームは、
物議を醸しかねないような研究を行い、
望ましくない現状に対して人々がどのように反応するかを探った。
アフリカ系アメリカ人は、ヨーロッパ系アメリカ人と比べ、
経済状況への満足度が低かったが、
「経済の格差は正当で当然なもの」と認識していた。
最低所得者層では、経済格差は必要であるとい考える人が
最高所得者層よりも17パーセント多かった。
また、国に生じている問題を解決するために、
市民やメディアが政府を批判する権利を制限する
法律が必要な場合、
そういった法律を支持するかという質問に対し、
最低所得者層では「表現の自由の権利を捨てることをいとわない」
とする人が最高所得者層よりも二倍多く見られた。
つまり、最低所得者層は一貫して、最高所得者層よりも
「現状を支持する傾向がある」ことがわかり、
ジョストらはこう結論付けた。
「現状による害を被っている人ほど、逆説的ながら、
その状況に疑問を持ったり異議を唱えたり、はねつけたり
変えたりしようとしないものである。」
この不可解な現象を説明しようと、
ジョストの研究チームは、
システム正当化の理論を立てた。
人は、たとえ現状が自分の利益に直接的に
反するものであっても、
現状が正当であると合理化したがるもの、
という考えだ。
ジョストの研究チームは、2000年のアメリカ大統領選の前、
民主党派の有権者と共和党派の有権者の追跡調査を行った。
共和党のジョージ・W・ブッシュが
世論調査でリードを示したとき、
共和党派はブッシュを好意的に評価していたが、
民主党派も彼を好意的に評価していたのだ。
予備される状況をすでに
合理化しはじめていたというわけである。
民主党から立候補したアル・ゴアの勝算が高くなった
ときにも同じことが起こった。
共和党派と民主党派の両方がアル・ゴアを
好意的に評価したのだ。
政治的イデオロギーにかかわらず、
ある候補者に勝算がありそうと見るや、
その人を好むようになっていた。
そして勝算が低くなると、
その人に対する好感度は下がる。
既存のシステムを正当化すると、
心が落ち着くとという効果がある。
感情の「鎮静剤」なのだ。
それが政界の「あるべき姿」であるなら、
不満で心が乱されることがない—-という
思考回路だ。
しかし、不本意ながらも何かに従っていると、
不正に対抗しようという正当な怒りの感情と、
世界のより良い姿を考える前向きな意思が
奪われていくことになる。
以上となります。
それでは、また次回を
お楽しみに。
引用先書籍
書籍名:ORIGINALS 誰もが「人と違うこと」ができる時代
著 者:アダム グラント
監 訳:楠木 建
出版社:三笠書房