人の上に立っているリーダーは、リーダーとしての素質がある人ばかりだろうか?。「社長力を鍛えるリーダーシップの極意」より、その参。

こんにちわ、まさやんです。

 

それではなかなか
本物のリーダーシップを

持っているリーダーは
なかなかいないのでしょうか・・・。

それで学んでいきましょう。

 


プランテーション型の管理

偽のリーダーにとって都合のいい奴隷制

 

偽のリーダーシップは
人や組織を奴隷にする。

何かにとらわれたり、
支配されたり

虐げられたりして自由を失った人は
言ってみれば「プランテーション」

※プランテーションとは、奴隷を使って
綿花など単一作物を栽培する大規模農園
を言う

 

つまり奴隷制時代の監獄のような場所に
逆戻りしているのと同じだ。

もちろん、偽のリーダーはそれを望んでいるのだ。

彼らは、自分の経済的メリットのためだけに
従業員を雇い、資産を管理している。

一方で、真のリーダーは搾取や無知から、
人を解放する。

 

~途中省略~

 

プランテーションの管理者は
労働者を奉公人と考える。

綿花を摘むだけに
生まれてきた人間と
考えているのだ。

彼らにとって
労働者はいくらでも入れ替えのきく
搾取をするための駒に過ぎない。

労働者は名字を持たず
人としてのアイデンティティーもない。

なぜなら、
本物の人間ではないからだ。

だから管理者は、どれだけ労働者を不当に扱い
彼らが稼ぎ出したお金の大部分をピンハネしようと
構わないと考える。

 

~途中省略~

 

ひどいときには、労働者は顔の無い綿花摘みの
一人とみなされる。

材料や資産、物扱いされ、
人間だとは思われない。

労働者に名字は無く、
あるのは覚えやすい名前だけで

しかも、所有者はその名前すらめったに覚えず
総称で管理する。

組織の要となる専門の職人でも
仕事内容には細かな制限がつき
勝手な判断はまず許されない。

命令や決まったやりかたに
従わなくてはならない。

移動の自由や広い視野
プロとしての信用,お金、資源、物、
財産、仕事上での固い絆、人としての
権利、自由、知識、機会、教育。

労働者がそういったものを手に入れることを
プランテーションの管理者は全力で阻もうとする。

与えるとしても、具体的な仕事や職務と直に
関係のあるものを「特権」として認めるだけだ
(その場合も管理や支配は怠らない)。

そして、そうした「特権」を受け取った労働者は
上層部に感謝して当然だと考える。

 

 

なぜこんなやり方をするかといえば、
それは自分たちの支配体制が崩れるのが怖いからだ。

そうした特権を与えればそれが裏目に出て
労働者が革命を起こし、方針にノーを突きつけ

仲間を増やし、階級社会を駆け上がり、
支配層へ割って入ってくるのではと思っている。

偽のシステムの大元には、
必ずこの恐怖がある。

偽のリーダーは、
独立心あふれる才能を何よりも恐れる。

飼いならせないし、予測が付かないからだ。

だからせめて契約を結び、
自分たちにために働かさせようとする。

 

そうやって、将来有望な才能の多くが、
直接の上司によって隅へ追いやられている。

彼らはこう言われる。
「会社のためになることをして、流れに従いなさい。
そうすれば見返りは十分に用意しよう。
特別待遇や特権も与えよう。正当な分け前をね。」

もちろん、この言葉の本当の意味は
「言うとおりにしろ、さもなくば出て行け。」だ。

 

~途中省略~

 

社員が自分を安く売り、管理者の大儀や目的に
あっさり屈する限り、プランテーションはなくならない。

現地の労働者が「自分たちのグローバルな市場価値」
を知るのは難しい。

彼らが知っているのはただ一つ、
地元市場でその日何が売られているかであって、

自分の才能や
事業が持つ価値や可能性に気づかない。

 


 

以上です。

 

プランテーションといえば
大規模農園のコーヒー園などを
思い浮かべますが

氷の様な心を持つ偽のリーダーが支配する
プランテーションのような組織で働くというのは
なかなか辛いものがありますね。

自分自身へ投資をし、能力を高め、
他の場所へ移住することができれば
まだ、ましな人生を送られるのかもしれません・・。

 

それでは次回。

 

著者名:社長力を鍛えるリーダーシップの極意
著者名:ケン・シェルトン
翻訳者:高崎 拓哉
出版元:ダイレクト出版

より一部抜粋しました。